かつて「自閉症」や「アスペルガー症候群」と分かれていた診断名は、現在では「自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)」としてまとめられています。なぜそのようになったか、歴史的な背景を見てみましょう。
1911年にスイスのブロイラーは、統合失調症の4つの基本症状の一つとしてはじめて“自閉症”という言葉を使いました。ここでは「外界との接触を制限し、内面生活が優位となり、現実から遊離した状態」という意味でした。
1943年にアメリカの児童精神科医カナーは、言葉使いなどが特徴的な児童11名について報告し、“早期幼児自閉症”と名付けました。カナーは統合失調症の症状のようなものが幼児期に発症したと考え、“自閉症”という言葉を使ったようです。正式な診断名ではありませんが、現在でも知的障害を伴う自閉症をカナー型と呼ぶことがあります。ところがカナーは、自閉症の原因を親の育て方のせいだとしたのでした。1968年にラターが自閉症は先天的な脳機能障害であるとしてこれを批判するまで広く信じられ、多くの親たちが罪悪感にさいなまれることとなってしまいました。
一方、カナーが論文を発表した翌年の1944年、オーストリアの小児科医アスペルガーは、知的障害を伴わないが共感能力や友人関係を築く能力が欠如し、特定の興味に強い没頭を示す4人の児童を“小児期の自閉性精神病質”として報告しました。実は、アスペルガー自身がまさに彼らと同じ特性を持っていました。友人を作ることが苦手だった一方で、優れた語学の才能があったそうです。ですが、当時は第二次世界大戦の終盤であり、敗戦国となったドイツ語で書かれたこの論文は、長い間注目されませんでした。
参考文献:Wing, 久保訳, 2001 片桐, 2011